YAIZU ZEMPACHI LETTER
予約のとれない料理教室として知られている「LIKE LIKE KITCHEN」を主宰している小堀紀代美さん。華やかな洋食のイメージがありますが、『ライクライクキッチンの毎日和食』という本を出版するほど、実は和食が得意。
和食の要であるだしについての小堀さんのこだわりとは?
華やかな料理が人気の小堀さんですが、地味なおかずが並ぶ家庭料理も大好きなのだそう。
「まだ料理を仕事にする前の20代は毎朝、鰹と昆布でだしをとることから1日が始まっていました。夫の出勤がゆっくりだったこともあって、5〜6品のおかずを出していたんです。お味噌汁とだし巻き卵は必ず出すメニューだったから、その分のだしが必要で。だし巻き卵は、今は無添加のだしプレッソがあると思うと、忙しい朝もラクチンで心強いです」
お味噌汁とだし巻き卵のために、毎日600ccのだしをとる。しかもおかずがたくさん並ぶ朝ごはんだなんて、想像するだけで大変そう......。
「おかずといっても簡単なものですよ。トマト切っただけとかお豆腐とか、あとは西京焼きを焼いて、なにかの和えものか炒めものと、納豆と、炊き立てのごはん」
お味噌汁には小堀さんのこだわりがあります。
「子どもの頃はあまり好きじゃなかった気がします。でもある日、料理本を見て作ってみたらすごくおいしくって。だしからきちんととったお味噌汁ってこんなにおいしいんだって驚きました」
実は小堀さんのご実家は、栃木にある大きな洋菓子店。
「自営業だから、母は忙しくてだしを取っていなかったかも。お湯に味噌を溶いたような薄味のお味噌汁で(笑)。でも私が小さかった頃は、家で鰹節を削っていました。だしをとる用じゃなくて、ごはんにかける用(笑)。ごはんに削りたての鰹節とバターとお醤油をかけたのが朝ごはんだったんです。そのかつおぶしを削るのが、子どもの頃の私の仕事でした」
最近の朝ごはんは、パンの出番が増えているそう。
「夜も炭水化物を控えているから、おかずをちょこちょこっとつまむだけ。ごはんを食べる機会が減ってきているけれど、でもやっぱりお味噌汁飲むとおいしいねえって思います」
ごはんにも小堀さん流のこだわりがあります。
「割れ米を取り除いてから炊いてるんです。お米はやさしく割れないようにといで、透明になるまですすぎます。とぎおわったあとに、水をためたボウルのなかにざるごと浸して、溜め水の中でざるに入った米をふるうと、小さい割れ米が落ちていく。その細かいのが炊くとノリになってしまうので、取り除くことで、お米の一粒一粒が立って、好きな味になるんです」
この小さな手間の一つ一つが、小堀さんのこだわりポイント。どこかで食べておいしいなと思ったら、その食感や味わいを追求するのです。
「想像から料理を生み出すより、実体験をもとにアレンジしていくほうが多いかな。旅先でもこれって思った料理があったら、同じものをいくつかの店で食べてリサーチを重ねるんです。見た目は一緒なんだけど違う味っていうものをいろいろ知ったうえで、自分の味をつくりたいから」
料理教室では、そんな小堀さんのベストレシピを伝えています。
「自分でこれがいちばんおいしい!って満足できるもの、ベストを尽くしたものを伝えていきたいんです。実際に試作してみると全然違うものになって、でもそれがおいしいこともある。ときには記憶違いっていうこともあったりする。だけど、旅の記憶の味を再現していくと、自分の味になっていくのが楽しい。試作して初めて、目指すところが見えてくるんです」
気になった料理は真似をしたり、本を見て作ったり。もっとこうした方がおいしいかも、と思うズレを、自分寄りに修正していくことで、自分だけの味が完成するのです。
「料理雑誌を見ると、夏は揚げ浸しばかりたくさん紹介されていますよね。みんな同じかと思いきや、作ってみるとそれぞれの作り方があって、味もそれぞれ違うはず。そういうことが楽しいんです」
実は研究好きな小堀さん。料理本を見るのも大好きなのだそう。
「音楽家が楽譜を読めるように、料理家はレシピを読める(=どんな味か想像できる)ようになることが大事って、昔、言われたことがあるんです。お菓子のレシピは読みやすいけど、料理は作ってみると予想と違うことがある。それは、同じような分量でも微妙なことで味の仕上がりが変わってくるからなんですよね」
だからこそ、小堀さんは本を読んでできるだけ分量をきちんと量ることを大切にしています。
「料理家は、みんなが同じ料理を作れるように分量を出す仕事。お店をやっていたときも、スタッフみんなでレシピをシェアしなきゃいけなかった。いつも同じ味を出すために、野菜まで量ることもあるくらいです。そうするとほぼブレなく作れる」
厳密に言えば、鍋の大きさによって、加熱時間も分量も本当は変わります。だから、教室では、その目安や塩梅を細かく伝えているそう。
「家で家族だけが食べるんだったら、ちゃちゃって目分量で作ったりもします。だけど、自分でこだわり抜いて出した数字だから、量って作るとやっぱりおいしいんですよね」
それは血筋なのかも、と小堀さん。子供のころから見てきた洋菓子店の風景。いつもの味を求めて買いに来るお客さんたちの嬉しそうな顔。
「期待されている味を提供する仕事があると思うんです。天気とか食材によってブレるのは当たり前だから、そのズレを調整していくのがプロだなと。そうやって同じ料理を何度も作っていくうちに、ちょっとしたことで今日のすっごいおいしい!ってときがあるんです。その発見が大好き!」
そんな職人気質でもある小堀さんが、和食の先生と慕っているのが、渋谷のごはん処<五万米>の料理人である玉置振也さん。
「昔、私がレストランを経営していたときに和食を担当してくれていた生粋の料理人なんです。当時から、何かと教えてもらってました。やってみたらこうなっちゃったんだけど、なんで? そういう作業をするのはなんで? こんな味になるのはなんで? ってなんでも聞いてる(笑)」
玉置さんに教わった料理のなかでも、小堀さんの十八番がなすの揚げ浸し。
「なすを色良く仕上げたい、でも味はしっかり染み込んでいてほしいという目標があって、実験みたいに繰り返し作っては、最高を突きつめてるんです」
なすは時間をかけて揚げると色が抜けやすい。だけどさっと揚げると芯が残ったり、色が黒ずんでしまう。だから新鮮な柔らかいものを選ぶのだそう。
「ポイントはだしを贅沢に使うこと。だしは2倍量用意しておき、揚げたなすをまず氷水に落として余分な油を落として、すぐにまだ熱いナスをぎゅっと絞って、半量のだしに浸すんです。それを絞って、また新しいだしにつける。一度に欲張って揚げると難しいから、少しずつ揚げては浸けて。さらに上にペーパータオルを敷いて鰹節をのせて、香りだけの追い鰹を」
ここまでの手間をかけるのは、やっぱり喜んでもらいたいから。
「もう、完全に自己満足と達成感なんですけどね(笑)。でもやっぱり、テーブルに出したときに、みんながわあって言ってくれたら嬉しいから、揚げるのも真剣です」
小堀さんにとっては、実践から学ぶことがなによりの勉強。
「和食って完成品からはあまり手間が見えないけれど、やっぱり知っていることで変わってくる。やるやらないは自分で決めればいいけど、知らなければ選ぶこともできないから」
教室の和食レッスンでも、かぶら蒸しなど、だしを効かせた料理がいくつかあるそう。
「和食が食べたいなあというときは、だしを欲しているときなんですよね。私はこだわるのが好きだけど、かつおぶしにお湯を注いで蒸らすのがいちばん簡単。だから、やきつべのだしやだしプレッソは、手軽にだしを味わえていいですよね。やっぱりだしって、いちばんほっとする味なんです」
取材・文/藤井志織
料理家。東京・富ヶ谷にあった人気カフェ「LIKE LIKE KITCHEN」を経て、現在は同名の屋号にて料理教室を主宰。大きな洋菓子店である実家をルーツとし、世界各地への旅で出会った味をヒントに、レシピを考案。著書に、「予約のとれない料理教室 ライクライクキッチン「おいしい!」の作り方」(主婦の友社)、「フルーツのサラダ&フルーツ」(NHK出版)、『ライクライクキッチンの毎日和食』(エイ出版)など多数。インスタグラムは @likelikekitchen