YAIZU ZEMPACHI LETTER
鎌倉野菜を使った、しみじみとおいしい料理がいただけることで人気の「なると屋+典座」。その店主であるイチカワヨウスケさんは、「「なると屋+典座」の野菜をいただく」や「野菜だし」という著書のなかで、野菜を少ない調味料で料理することで、うま味を引き出すことを伝えています。そんなイチカワさんにとって、鰹のだしとはどんな存在なのでしょうか。
母は東北の生まれだったので、僕は煮干しのだしで育ちました。煮物にはだしをとった煮干しがそのまま入っていて、たいてい一緒に食べていましたね。鰹でだしを取ることを覚えたのは、自分自身が料理の世界に入ってから。京都の料亭で3年ほど修行していたのですが、そこが「だしが命!」というお店で。毎朝、鰹節を削り器で山ほど削っていました。もうそれは大変ですよ(笑)。
修行時代、休みの日は、いろいろなお店に食べに行くのも勉強でした。そこで、見た目は変わらないのに、鰹の味がするだけのおいしくないだしっていうものも知った。そのことで、ちゃんとした鰹だしってすうっと体に入って行く感じがするんだな、これが本物なんだなっていうことを学んだんです。いい体験をしました。
自分でお店をやるようになった頃は、京都で修行したことが元になるので、鰹だしにこだわっていたんです。鰹だしを使うと、やっぱりおいしくなりますから。でも徐々に塩だけの料理、昆布だけの料理、野菜だけで仕上げるものもいいなと思うようになってきて。
それは、食事ってバランスがあるんだなと気づいたからかもしれません。すべてが鰹だしっていうよりも、しょうゆ、みそ、野菜だけの味があると、それぞれが引き立てあう。今日は汁ものもお浸しも鰹だしだから、炊き込みご飯には鰹だしは使わないでおこう、とか。そのメリハリがあってこそ、おいしさを感じるんじゃないかと。
日本人って、だしが基本。だしを取ることが和食だって刷り込まれているかもしれないけれど、どうしてもだしを取らなきゃってこだわりすぎなくてもいいんじゃないかなと思います。
地方それぞれの文化もあるし、いろいろ作ってみて、そこから始まるんだと思いますね。
和食って、今、海外からも注目されているけれど、そもそも和食ってなんだろうって改めて考えたんです。
日本って水が豊富な国ですよね。野菜を育てるにしても、洗ったりゆでたり蒸したりするにしても、水を潤沢に使える国だからこその味ってあると思うんです。水が乏しい国だったら、野菜の水分だけで煮込んだりもする。日本だから、冷たい水やだしに浸した料理とか、みずみずしさを生かした料理がおいしいと感じる。
淡味という言葉があります。あっさりした味という意味で、清い水を飲むような喉ごしや、味がないんだけどあるという意味を含む表現。これはだしにも通じていて、とても日本的だと思います。
そんなことを考えていると、料理がどんどんクリアになっていくんです。
例えば、野菜1種類だけでも、独自の香りとかうま味が水に出る。それは料理の始まりです。ヴェジストックもいいけれど、何種類も混ぜると、うま味はあっても何の味かわからなくなってしまう。1種類だと、そのものの風味がわかる。それがとんがってたり、たりない部分があるなと思ったら、そこを調理で足す。
お店を始めた頃は、もう少しいろいろな足し算をしていました。何をしてもいいなら、おいしくするのって簡単なんです。だけど、その選択肢を狭めて行くのが僕の料理なのかも。なんでもありってつまらない、しばりがあるから面白いと思う性分なんですね(笑)。自分でやってみて、必要だなと思ったことを見つけていく。無駄なことはしたくない。昔の人も、そうやって料理法を見つけてきたんじゃないかな。
例えば、秋の初めだとさつまいもが出始めますよね。この時期のさつまいもって、まだあんまり甘くない。じっくりと火を通せば甘くはなるんだけど、僕はこの時期だけのさつまいものあっさりとした味を大事にしたいから、あえて甘く仕上げたくないんです。それで、細切りにして揚げものの衣にしています。来月はもう少し甘くなってくるから、さつまいもの炊き込みごはんにする予定。
そうやって、味が足りない感じまでも、季節ごとの違いとして楽しんでいます。季節と地域が合わさって、料理ができていくんですね。
自宅でも料理しますよ。スーパーに買い物に行って、今日はこれが安い、っていうところから料理ってスタートしますよね。素材や季節を生かすという考え方はお店の料理に対しても同じだけど、家だと瓶詰めの残ってるものを入れちゃったり、いろいろ冒険しちゃいます。結果、子どもたちが食べてくれるのもあるし、イマイチなのもあるし、名前がつかない料理がたくさんできます。
ときには、子どもたちと料理をすることも。一緒に食材を買いに行って、生きてるエビをさばかせたり。食べてるだけじゃわからないことが、たくさんありますからね。
お店の料理はお客さまにとっては外食。喜んでもらいたいから、丁寧に手間をかけています。それが僕の仕事。でも家で食べる料理って、ぱっとできるシンプルなものがいいですよね。
やいづ善八のだしパックを初めて使ったとき、真面目な会社だなあと思いました。素材の味がちゃんとする。枯節のだしなんて、塩を少し加えれば、料亭のおすましになります。
これは帰りが遅くなった日に作ったレタスと卵のスープ。家にあったレタスと卵に、鰹だしの枯節を加えて塩を振っただけ。おいしかった。
別の日は、鰹だしにはまぐりを入れて、貝が開いたら菜の花を入れるだけという汁ものも作りました。和食ならではの食材の出会いでしょう。はまぐりの上品な旨味と強すぎない鰹だしが、双方を引き立てあうんですよね。
おいしいだしって、調味料を加えることでうま味が伝わるようになる。塩やしょうゆを一滴入れたところからの、味のふくらみがすごい。まだまだいろんな可能性を秘めていると思います。
取材・文/藤井志織
イチカワヨウスケ
1976年、神奈川県生まれ。京都の料理店、鎌倉のカフェで働く傍らで野菜料理を追求し、2004年、鎌倉にて野菜料理の店「なると屋+典座」をオープン。最近は、台湾や全国各地で料理教室を開き、広告やテレビの料理番組の講師としても活躍している。近著に「野菜だし」(主婦と生活社)がある。