• だしと私 2020.02.06

vol.17 出張料理人 岸本恵理子さん

食いしん坊多しと言えども、こんなにおいしいものに貪欲な人はほかにいないかもしれません。イタリアでスローフードの料理学校を卒業し、イタリア各地のレストランで修行してから帰国。現在は、一般家庭からブランドの展示会まで、さまざまな場所に出向いては、臨機応変に料理を提供している出張料理人の岸本恵理子さん。日本各地だけでなく、中国やイタリア、タイなど、どこに行ってもその土地の旬の素材と、いちばんおいしく食べる方法を見つけ出す才能にあふれています。

そんな岸本さんに、おいしいと感じるポイントや日本のだし文化について、お話を伺いました。

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素材の味がよくわかることを大切に

岸本さんはイタリア料理を得意とする出張料理人ですが、ご自身が食べる日常的な食事には、日本のだしをよく使っているとか。

「愛媛出身なので、昔からいりこだしを愛用しています。でもいりこって、すっきりした味わいにしようと思うと、頭と内臓を取ってから半日以上前に水に浸ける必要があって。今すぐに食べたい!というときは、やきつべのだしを使うことが多いですね。いりこ好きとしては魚の旨味が強いほうが好きなので、荒節派です」

それも昆布やいりこと合わせることなく、シングル使用が好きなのだそう。

「場合によって合わせだしをとることもありますが、基本的には単一だしのほうが好み。そう感じるようになったのは、以前、あるお蕎麦屋さんに行ったのがきっかけです。そばつゆがおいしくて思わず話しかけたら、うちはこういう鰹を使ってるんですよ、と鰹節を食べさせてくださって。それがものすごくおいしかったんです。かえしの味もしっかりしているのだけど、鰹が負けずになじんでいて、なおかつちゃんと奥行きがあって。鰹の味をきちんと感じられるのがいいなあと思いました。"らすとらあだ"という、今、いちばん好きなお蕎麦屋さんも、たいてい鰹だしだけを使っているみたい。コースのいちばん最初に、その日に使う鰹だしをストレートで飲ませてくれるのがうれしいんです」

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だしだけでなく、食べるものはなるべくシンプルが好きな岸本さん。

「特に疲れているときは、複雑さがないものが食べたいですよね。カレーにしたって、スパイスを多種類組み合わせて作るものではなく、カレーリーフだけで炒めたものとか。そもそも私は、旨味の強いものが好きというタイプではなく、あんまり雑味がないもののほうが好き。自分の舌で判断したいから、余計な調味料などはいらないんです。だから化学調味料もNG。なぜか、添加物たっぷりのグミだけはジャンキーってくらいに大好きなんですけど(笑)」

シンプルといっても、岸本さんの料理は素材の味を生かしつつ、手間をかけた奥行きのある味わいが特徴です。

「お客さまに提供する料理は、やっぱり下ごしらえを丁寧にしたり、時間をかけて煮込んだりすることも多いです。でもそれは、手間暇をかけることが大事というよりも、どうしたらこの食材をおいしく食べられるかなと考えた結果。生の状態でそのまま食べたほうがおいしいものは、オリーブオイルと塩だけで出すこともあります。お刺身とかね。そこにちょっとしたアクセントがあったらもっとおいしいだろうなって思えば、果物やハーブを加えたり。料理って、そういうことがすごく楽しいんです」

イタリア×日本を、だしが橋渡し

岸本さんの料理の大元はイタリアで学んだ郷土料理。だけど、日本の食材や調味料も上手に使いこなしています。

「新生姜とかごぼうとか、和の食材のフリットも好評なんですよ。例えば、やきつべのだしの荒節と塩で煮たごぼうに衣をつけて揚げ、黒こしょうとパルメジャーノ・レッジァーノをかけて、イタリアンなひと皿として出すんです。誰も気づいていないかもしれないけれど、よーく味わうとほのかにだしの風味がするはず。控えめだけど、ゆでるだけとは全く違うし、ごぼうの力強い風味と荒節が合うんですよ」

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和の代表的な食品である梅干しや、梅酒に漬けた梅の実までもよく使うとか。

「豚肉のプルーン煮のような感じで、豚肉と一緒に煮込んだりしますよ。ほかにも、果肉をセロリの葉と一緒にたたいて、オリーブオイルを混ぜてソースにして、ゆで豚やタコに和えたり」

今の季節なら、花わさびをドライトマトの戻し汁に浸けて、カルパッチョにあしらうこともよくするそう。

「花わさびって、二杯酢に浸けたりするのが一般的だと思いますが、それをイタリアンの手法で調理して、なんとなく日本の空気も感じさせるというのが好き。日本とイタリアの食材や調理法をつなぐのに、だしが役にたつんです」

そんな岸本さんだから、深み鰹白だしも愛用中。

「よく、自分用のまかないにコラトゥーラというイタリアの魚醤とにんにく、イタリアンパセリだけのパスタを作るんですが、それを深み鰹白だしで作ってみたら、めちゃくちゃおいしい! ゆで湯には塩を入れず、深み鰹白だしとレモン果汁を少し絞るだけ。レモンピールの千切りも加えました。これ、唐辛子と山椒の実を入れてもいいし、ゆずの皮にしてもおいしいと思う」

シンプルなだけに素材の味わいが引き立つパスタ、さすがです。

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「和食とイタリアンって、なんとなく似ているところがあるんですよね。このパスタはイタリア人も絶対好きだと思う。イタリアの友人にやきつべのだしをよくプレゼントしていますが、最近は深み鰹白だしも好評なんです。ラベルに使用分量例のイラストが描いてあるのもわかりやすいらしく、喜ばれていますよ」

鰹だしだからなし得る

縁の下の力持ち

味付けの主役としてだけでなく、脇役としても鰹だしを活用しているとか。

「私の定番で、クルダイオーラというパスタがあるんですが、クルダはフレッシュという意味なので、ゆでた麺と具を合わせるときは加熱しないのが特徴です。例えば、玉ねぎ、トマト、ケイパー、ツナを、ゆでたパスタの余熱を利用しながら和えるだけとか。そのクルダイオーラを、やきつべのだしを入れてゆでた麺で作ると、すごくおいしいんです。熱を入れすぎない分、鰹の香りがたつみたい。

以前、"パスタはイタリアのもので、本来は硬水でゆでるもの。日本の軟水を硬水に近づけるべく、ゆで湯に昆布を入れてミネラルを増やしている"という話を聞いて納得したことがあるのですが、昆布だと和風に傾きすぎるかもしれません。だから鰹のほうがいいと思うけれど、わざわざパスタをゆでるために鰹節からだしをとるのは大変。やきつべのだしを使えば、ゆで湯に鰹の風味をつけるのも簡単です」

ほかにも岸本さんは、鰹だしを下ごしらえに使うことがよくあるそう。

「たけのこのピクルスを作るときに、下ゆでに使った米ぬかの匂いが残ってるのが苦手で。だけど、下ゆで不要なくらい新鮮なものが常に手に入るわけでもないので、下ゆでした後に、鰹だしでひと煮立ちさせています。そんなときにも、だしパックはすごく便利。こういう使い方もあるから、イタリアンのシェフが知ったら、すごく重宝するんじゃないかな」

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そのひらめきは、やっぱりプロの料理人ならではと感服します。

「私がイタリアンと和食をつなぐことを覚えたのは、イタリア留学から帰国した後に、麻布の葡呑(ぶのん)というレストランを手伝っていた時代かもしれません。和惣菜と自然派ワインのお店なんですが、毎日、まず和のだしをひくところから始めるんです。そこの大将が作る料理は、なにも気取っていないのに、ああ、おいしい!って思うものばかりで。ものすごくシンプルな調理だけど、火入れ具合がポイントとか、とにかくバランスが素晴らしい」

今でも調理法がわからない食材を使うときは、葡呑の大将に相談をしているという岸本さんですが、料理にはとにかく自分の経験値をフルに動員して挑んでいるそう。

「今まで食べたこともないような料理だと、オリジンをよーく調べて研究します。同じ料理でも街によって味付けが違ったりするから、正解を知るためというよりは、その料理の傾向をみる。すると、自分なら日本のこの食材をこう使ってみるといいんじゃない?なんてひらめくんです。例えば、マルケ風カヴァルッチというイタリア菓子は、フルーツの蜜煮を入れるのが定番。だけど私はもう少しさわやかなほうがいいと思ったから、かぼすの皮にきび糖を加えてオーブンでコンフィにしたものを入れて、ほろ苦さとさわやかさを出しています」

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微妙な分量の差で味わいは変わるもの。ましてやお菓子作りにおいて違う国の食材で代用するのは、思っているより簡単なことではなさそうですが......。

「もちろん失敗もしますよ。グラニュー糖を使うレシピをてんさい糖に変えたら、砂糖の水分量が違うことで思ったように焼き上がらないとか。小麦粉の水分量の差でもよく失敗します。だから、パン屋さんとか蕎麦屋さんの友人たちとは、水分量の話をよくしています。マニアックですよね(笑)」

料理においても、調味料の分量は、単純に2倍量というわけにはいかないことも。

「だから、やきつべのだしの説明書が、すごく印象的でした。"この量の鰹だしが必要なら、2パック分でとってください。1パックだと水分が蒸発しすぎるので"ってちゃんと書いてあるんですよね。料理やだしをとることに慣れていない人や、少ない水だとあっという間に水が蒸発しちゃうことに気づかない人でも、ちゃんとおいしいだしをとれるように、って。これは親切!って驚きました」

基礎を知ったうえで、自分流に解釈しながら使いこなす。そんな岸本さんが鰹だしを使って作る料理を、もっともっと知りたくなりました。

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取材・文/藤井志織

プロフィール

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人呼んで、"流しの料理人"。広告会社に勤務する傍ら葉山・一色海岸の海の家で料理を手伝ううちに料理への想いが高まり渡伊。約3年間、各地方の料理を学ぶ。〝現地で感動した味とその記憶を伝えたい〞と、イタリアの伝統料理を軸に出張料理人を始め、個人宅での出張料理から映画のなかの料理制作まで、食に関わる仕事全般を手がけている。厳選した材料を使って作るフォンダンショコラなど、お菓子も大人気。出張料理の依頼等はメール(eriko_on_the_earth@mac.com)で問い合わせを。