YAIZU ZEMPACHI LETTER
手仕事が主要だった時代のものづくりを踏襲しながら、都会の街に馴染む着心地と洗練されたデザインを兼ね備えた服を作っているOUTIL(ウティ)。フランス語で道具を示すブランド名から伝わってくるのは、用の美をもつヴィンテージのワークウェアへの敬意。そしてその服づくりを支えるのは、こだわり抜いた素材あってこそというところに、料理の基本となるだしとの共通点を感じます。
今回インタビューさせていただいたのは、そんなOUTILデザイナーの宇多悠也さん。ものづくりの姿勢について、また暮らしに欠かせないという自然派ワインや素材を生かした料理について、たっぷりとお話をうかがいました。
宇多さんがご自身のブランドOUTILを立ち上げたのは、5年前のこと。
「山口で育ち、上京して専門学校でファッションについて学びました。パリ校へ留学しなさい、なんて勧められましたが、日本でなにかしら成し遂げないとフランスに行っただけではなににもならない。その頃はDJばかりしていたけれど、やっぱり今後生きていくための仕事にするなら洋服だと考えて。そんなときに気になったブランドがあったので、応募したんです」
当時のことを思い出すと笑ってしまうという宇多さん。
「まぁ、若いころで向こう見ずだったんでしょうね。『俺を採用しないと損するよ』くらいの気持ちで、入社したらやりたいことを書き連ねて応募しました、偉そうに(笑)。面白そうと思ってもらえたのか、なんと入社できてしまったんです」
当時、海外で注目され始めていたブランドだったため、入社してほどなく、イタリアの展示会に行くというチャンスにも恵まれます。
「本来なら先輩たちだけ行くはずのところを、これは俺が行くべきだと社長に直談判し、抜擢してもらえたんです。評価してもらうためと同時に、大きなことを言うことで自分にもプレッシャーをかけていたんですよね。言ったからには数字も上げないとって」
そんな日々は当然のごとく忙しく、休日も夜も休みなしの数年が続くうちに、次のステージについて考えるように。
「だんだん卸しよりも小売り業のほうに魅力を感じるようになってきたんです。小さい空間に自分達の美意識がある、っていうことに惹かれたんですね」
「自分達の好きなものしか置かないと最初から決めていたんです。当時、イメージしていたのは、パリの左岸にある、真っ黒な壁に薔薇を置くエッジーな花屋「オドラント」。そんな世界観のニュアンスでやりたくて。小さな窓だけしかない、外からはほとんど様子がわからない店舗を作りました。いろいろなご縁もあり、福岡発信だけど全国から注目してもらえるお店になり、やりがいを感じていました」
ここではヴィンテージの服や雑貨なども扱っていたけれど、やがてそれには限りがあると感じるように。
「ヴィンテージの買い付けは面白いけれど、日本人がたくさん買い付けに行くようになり、海外で良質なものを見つけるのは難しくなってきていました。ならばフランス現地で自分達の物つくりを始めようかなと。それで新たなブランドを立ち上げて、前職の社長やお客さんたちにもお願いしたりして、全国に卸しを始めました」
そのブランドを経て、5年前に立ち上げたのがOUTIL。これまでのすべての経験を糧に、より自身の表現したいことを突き詰めてます。
「今は作るところから納品まですべて自分で手掛けています。僕は自分の目が行き届く範囲でOUTILを育てていきたいんです」
一人ですべてをこなす忙しい日々の楽しみはと言えば、大好きなワイン。
「ワインを好きになったのは、23-4歳の頃、フランスに通い始めてからですね。それまで日本でもよく飲んではいましたが、強い味で体にも合わなくて、そんなに好きではなかったんです。だけどフランスのとあるお店で飲んだら、あれ、おいしいなと。それが自然派ワインだと気づいたのは数年後でした。日本にも自然派ワインの店が増えてきて、このタイプのワインが自分は好きなんだと気づいたんです」
大好きな自然派ワインを、自宅でも良く楽しんでいるそう。
「おいしいものは好きだし、料理も嫌いじゃないけれど、展示会前後などの忙しい時期になると、途端にパワーが仕事にしか行かなくなる。昼食は単なるカロリーでしかなくなるので、仕事を終えて野菜を中心とした食事とワインを楽しむ時間が日常のほっとする時間です」
行きつけのレストランやワインバーに行くことは好きだけど、外食が続くとからだの調子が狂ってしまうという宇多さん。
「もともと、味が濃いものが好きじゃないんですね。酒場が好きだからと通い続けると、途端に胃を壊したりする。だからいつも、行きつけのお店ではパテとかリエットとか濃いものよりもワインメインで、2品くらいをつまむ程度」
だから余裕がある時期は、魚を捌いたり、ゆっくり手をかけた料理をすることも。
「最近、近所の魚屋さんと仲良くなったこともあって、魚料理を作ったりしています。この夏は冷汁研究にハマりました。料理家の冷水希三子さんのレシピが大好きで、魚を買うと著書を見たり、検索したりします」
普段の昼食に作るのは主に麺。
「というか、昼は麺しか作らないですね(笑)。パスタを乳化させるのには、だしプレッソをよく使っています」
麺料理には一言あり、昔は"麺オタ"として研究していたとか。
「湯揚げした後はすぐに食べないと!とか、麺が乾くのは許せない!とか(笑)。海外滞在中も、お米はなくても大丈夫だけど、麺がないとダメですね。でも麺は世界中どこへ行っても食べられるから安心です」
また、海外に長く滞在していると、恋しくなるのはご飯よりもだしだと言います。
「フランスでは、工場とか買い付けとかでパリよりも地方に行くことが多くて。そうすると和食屋さんなんてなくて、気づいたらだしが飲みたくなったんです。それに気づいてからは、だしパックを携帯するようになりました」
だしが恋しくなった理由はきっと、幼少の頃からお母さまの手料理で育ったから。
「今思うと、和食が多かったかな。生まれ育ったのは漁村に近く、新鮮な魚が手に入るので食卓にのぼることも多かったんです」
その頃からお母さまと一緒に料理をすることもあったけれど、日常的にしていたわけではないのだそう。
「急にハマると毎日料理するけれど、忘れるとまったくやらない。ムラがありますね。食べたいものを作るのに技術が追いつかないことや、失敗することもあります。でも自分の好みはいちばん自分がわかっているから、自分が作るものはおいしいと思う。麺料理は毎日繰り返し作っているから、さすがに技術もついてきているので」
そんなこだわりのある宇多さんだから、好きとなれば好みの味を突き詰めるのも必至。
「ラーメンにハマって好きな店に通ううちに、店主たちと仲良くなって、閉店後一緒に飲むようになって。みんなこだわり屋だから、ものづくりの話をしては喧嘩したこともありました。そのうちの一人がミシュランで星をとって、おめでとうって電話したら、今、OUTILのジャケット着てるよって。僕はフォーマルウェアは作らないのに、そういう日に選んでくれたってことが嬉しくて」
働く人の気持ちを支えてくれるOUTILの服。ベースとなっているのは、フランスのワークウェアなのです。
「普通の洋服は、完成したときがいちばん美しい。だけど、僕は着古したときの、人になじんで色が落ちた状態が完成形だと思ってるんです。だからいつかリアルなワークウエアを作りたいと思っていました」
最初に作ったのは、話題のレストラン<Kabi>のユニフォーム。
「行きつけの店で一緒に飲んでいた友人たちが、今度、自分たちの店をオープンするんですよ。ユニフォーム作ってくださいよって言ってくれたのがきっかけです」
そのうち、ほかのところからもユニフォームの依頼が続々と。
「バーミキュラという調理器具メーカーのユニフォームも楽しいお仕事でした。製造工場スタッフのユニフォームを納品したら、会社のスタッフたちも欲しいって言ってくれて、追加で発注いただいたんです」
この会社で働くことが嬉しい、と誇りを持てる服を作りたい。それはいい仕事だと思えると宇多さん。
「ワイン仲間から紹介されたDEN PLUS EGGという住宅、店舗設計&リノベーション会社からも依頼があったんですが、企画段階で、社長がとても好きだというヴィンテージのウェアを見せてもらったら、僕がいちばん好きな1930~40年代のワークウェアだった。そのこれをいいと思う人だったら、僕がつくるものは気に入ってくれると思いました(笑)」
そこで、ユニフォームとしてのジャケットを作り、自身のアトリエの内装もお願いしたのだとか。
写真提供/DEN PLUS EGG
「好きなポイント、好きな味、好きな方向性が似ていれば、自ずと縁が深くなっていく。僕がやいづ善八のだし商品を常備しているのも、そういうことなんだと思います」
取材・文/藤井志織
プロフィール
宇多悠也さん
OUTIL(ウティ)デザイナー。主にフランスの19世紀末から20世紀前半にかけての労働着やユニフォームをベースに、道具としての服をデザインし、提案している。洋服を作る工場の職人や、服を買って着る人たちとの繋がりをつくることが、自分の仕事でもあると考えている。プライベートでは無類のワイン好き。https://outil-vetements.com