YAIZU ZEMPACHI LETTER
ファッションディレクターとして長く活躍した経験を経て、現在はライフスタイルブランドの商品開発やホテルのブランディング、地域再生など、さまざまな企業のコンサルティングに関わっているブランディングディレクターの福田春美さん。その仕事には、私生活から生み出されるアイデアが大きく影響していると言います。多忙ななかでも自分らしく暮らしを楽しんでいる福田さんに、お話をうかがいました。
インタビュー当日も、リモート打ち合わせが4件入っているという忙しさ。にも関わらず、とてもおいしいお茶と料理を用意して迎えてくれた福田さん。
「今、大きな仕事を抱えていてすごく忙しいんだけど、そんなときは料理が気分転換になるんです。昨日もひとまずスーパーマーケットに行ったら、いい具合にスイッチが切り替わった。考える時間ができるというか、仕事のいいアイデアが出るんですよ。料理以外にも、レンジとか水まわりとか磨いてるときに、いいアイデアが出ること多しです(笑)」
作ってくれたのは、自家製かえしを使ったみぞれ鍋。大きな鶏だんごはふわふわの食感で、みじん切りにしたレンコンがアクセントになっています。
「鶏だんごは鶏ひき肉をよーく練るのがポイントです。そこに塩をしっかりと振り、白胡椒、紹興酒、胡麻油、生姜のすりおろし、下ゆでしたレンコンをみじん切りにしたものを混ぜるだけ。鍋のなかにはほかに、ささがきしたゴボウや大根の鬼おろしを入れています。食べる直前に春菊をふわっと」
鍋のつゆは、やきつべのだしの荒節を使ってとり、そこに自家製かえしで調味。かえしは、福田さんの食生活に欠かせないほど便利な常備調味料だとか。
「うちのかえしは、みりん1本を鍋に入れて火にかけ、フランベしたら同量の醤油を加えてひと煮立ちさせるだけ。冷まして空き瓶に入れておきます。常温で寝かせておくだけでどんどんおいしくなるけれど、日々使うので、残り少なくなってきたら心許なくてまた大量に作ります。同じ割合でお酒を入れる人が多いと思いますが、私は甘めが好きなのでこの配合」
持ち手付きのオリーブオイルの空き瓶が使い勝手がよく、それに詰めて常備しているのだそう。
「これにだしを足せば、蕎麦つゆや鍋つゆもあっという間。ごまをすって、かえしとごま油、ちょっとお酢を加えたら冷やし中華のつゆに。オリーブオイルやごま油とお酢を入れれば、ドレッシングに。お刺身も、醤油だと私には強すぎるから、かえしで食べると魚の旨みを感じられて好き」
お酢を加えて寝かせたものは餃子のタレに。こちらは間違えないよう、メープルシロップの空き瓶に入れるのが福田家のルール。
「ほかにもスパイスを煮込んで自家製コーラを作ったり、冷蔵庫の残り野菜でウスターソースをこしらえたり、手のかかるフュメ ド ポワソンを仕込んだり、忙しいときに限って面倒な料理をやる癖がありますね(笑)」
煮詰まっていた仕事も、無心で手を動かしているとなぜかすっきりするという気持ち、わかる気がします。
「今日中になにかしなきゃいけないのに、朝から餃子の皮を作り始めるとか。テスト前の大掃除的なやつ(笑)」
それにしても、料理は玄人はだしな腕前の福田さん。今は仕事でもライフスタイル分野に関わることが多いようですが、もともとは料理とは無縁のファッション業界で働いていました。
「ファッションブランドのバイヤーを15年ほどしていました。1年の半分はパリコレなどのコレクションを回って海外で買い付けをする生活。そのうちにもっと深掘りしたくなって、自分のブランドも立ち上げて。その頃、渡仏してパリに3年半ほど住んでいたんですが、帰国した直後に東日本大震災が起きたんです」
すぐに友人たちと現地に向かい、炊き出しのボランティアを始めた福田さん。
「半年間ほど、毎週末、現地を訪れているうちに、ファッションの仕事にまったく気持ちが向かなくなっていました。同時期に、父が余命1年という宣告を受けて。父は玄米を食べてヨガをして、という暮らしの人だったから、抗癌剤治療もしたくないということで、自宅で看病することになりました。痛みがなく、ゆっくり幸せに逝けるようにという看病のなかから、漢方やアロマや考え方やさまざまなことを学んで」
帰国を決めた頃からファッションに疑問があった福田さん。震災や父の看病によって背中を押されたように、しばらくファッションと距離を置くことを決めました。
日本と世界に35店舗ほど卸していたという自身のブランドも潔くクローズし、スタッフも解散。
「じゃあ、なにをやるかと考えて、父の影響もあって器とか食が好きだな、そういう方向で仕事がしたいなと。そんな話をしていたら、昔の仕事でお世話になっていた人が、とあるライフスタイルブランドのリブランディングを手掛けさせてくれたんです」
それから8年ほど経った現在、常に10以上もの案件を抱えているほど、引く手数多の人気ブランディングディレクターに。
「食堂を作るとかホテルを立ち上げるとか、はたまた企業のブランディングとかプロダクトのディレクションとか。多岐に渡っているように見えますが、実は私がやっていることは全て同じ。例えて言うなら薬剤師みたいな仕事です。風邪をひいた"人"に、喉が痛いのか、熱があるのかなどをヒヤリングして、どんな薬で治せるのかをブッキングし、プランを出すという仕事」
この仕事の仕方も、実は福田さんにとってはとても自然な流れでした。
「昔は自分中心の性格だと思っていたんですけど、今、自分の好きなことをしていいって言われるとそれがなくて。誰かがなにかをしたいとか困ってるとか言われたときに、それを解決してあげるのが好きなんですよね。改めて考えてみたら、育った環境がそんなだったんです。実家はお風呂屋さんを営んでいて、おじいちゃんは町内会長。とにかく家に人が集まってくるし、親はいつも困ってる人を助けていました」
自分の仕事もその延長なのかな、と笑う福田さん。人が集まってくる家、人を助けたくなる性格は、確実に受け継いでいるようです。
「人を呼ぶ癖はありますね。20代の頃に住んでいた家には、毎日、5〜6人のお客さんがいました。滞在していたフランスでも週末はホームパーティ。ただし日本みたいに大皿でどんと出すんじゃなくて、一人一人にコースをサーブするのが新鮮でした。帰国してからは、わが家でフランス式のホームパーティをするようになって」
そのうち、福田さんの料理を知る友人たちから<Hamiru亭>と呼ばれるように。
「家でごはんを出すにしても、職業柄、ブランディングが入るんです(笑)。テーマを決めて、デザートを含む8、9品のコースを作ります」
見せていただいたこれまでの<Hamiru亭>のメニュー表は、読むだけでお腹が鳴りそう。
「料理は楽しいですよね。うちは父がお酒飲みで、仕事後に晩酌をするんです。子どもは寝なきゃいけない時間なんだけど、つまみを作れば起きててもいいと言う。それで母の雑誌の料理ページを真似して、父が集めていたいい器に蒲鉾を切ったものをちょこっとのせて出したら、めちゃくちゃ褒めてくれたんです。それが料理好きになったきっかけかも」
かつての築地市場にハマって通ったり、魚を捌きたくて江戸懐石の先生に1年間習ったり、かなり本格的な料理もこなしてしまう福田さん。
「お鍋の大きさに対しての昆布の最適なサイズとか、お米の正しい炊き方とか、そういうきちんとしたことを改めて学びました」
そんな料理上手な福田さんの手にかかれば、ラム肉嫌いもラム肉好きになってしまうという話も。
「魚や肉の下ごしらえは丁寧にやっています。まず真水でさっと洗って、それからお酒と塩を適当に振って、水もちょっと入れて洗うんです。その後、お米を研ぐときみたいに水を何度か入れ替えて、水が濁らなくなったら水気を拭き取って寝かせる。そうするとピカピカ、つやっとしてくるんですよ。それを昆布でシメたり、キッチンペーパーで包んでラップをかけて、熟成させる。旨みがぐーっと上がるし、賞味期限ぎりぎりのお肉もおいしくなるんです」
このテクニックは、北海道出身の福田さんが叔母に教えてもらったそう。
「叔母の家で食べる普通のポークソテーがやたらおいしくて、聞いてみたら教えてくれました。叔母は漁師の奥さんに教えてもらったそう。私はお刺身も同じように洗っておきます。それをね、すりごまと自家製かえしに漬けて、大葉と海苔で和えて炊き立てのご飯にのせたら、もう絶品! おだしと塩をちょっと入れてお茶漬けにしても絶対おいしい」
プロ顔負けの料理も作るけれど、だしパックを使ってとっただしも臨機応変に利用する。自家製のかえしがあるから、即席料理もパパッとできる。
福田さんはいつも柔軟な姿勢だから、忙しいときも疲れているときも、料理を楽しむことができるのかもしれません。
「お店みたいな料理を作るのも大好きです。だけど忙しい日のお昼ごはんは、たらことご飯があれば満足なんです。自分のなかで手をかけるところと、そうじゃないところがわかっていれば、無理なく幸せに暮らしていけるんじゃないかなあ」
取材・文/藤井志織
ライフスタイルストア、ホテル、プロダクト、企業のプロジェクトなどのブランディングを手掛ける。趣味が料理と旅。著書に自身の生活の様を綴った「ずぼらとこまめ」主婦と生活社がある。雑誌RICEにて、"おいしいユリイカ(発見)"を連載中。