YAIZU ZEMPACHI LETTER
やいづ善八のレシピブックのデザインを担当している、ブックデザイナーの福間優子さん。普段は主に、料理家やシェフのレシピを紹介する書籍のデザインを手がけています。書店に行って目に止まった料理本のクレジットを見てみれば、きっと何冊も福間さんの名前を見つけることができるはず。編集者や料理家たちから絶大なる信頼を集める人気デザイナーなのです。
そんな福間さんの暮らしのなかで、だしはどのような存在なのでしょうか。
デザイナーとして駆け出しの頃は、ファッション誌や、情報誌のデザインを手がけていたという福間さんですが、ここ数年は料理本ばかり。特に決めているわけではないそうですが、昔から料理やライフスタイルに関する本をデザインしたいなと思っていた結果のようです。
「若い頃はとにかく仕事漬けの日々でした。雑誌のデザインを多く手がける事務所に勤めていたのですが、馬車馬のように働く日々に疲れてしまって。いったん休もうかなと退職したのですが、ひょんなことからフリーランスとして仕事を再開。独立したかったというわけではなく、いつの間にかという感じです」
独立後もまた同じように雑誌の仕事が多く、結果、独立前よりも忙しくなってしまったのだとか。
「雑誌のお仕事も面白かったんですが、次から次へと仕事が流れていくようなスピード感にだんだんついていけなくなってしまい、自分がやりたいのは、もっとじっくりと長い時間をかけて1冊を作る仕事だと感じていました」
そんな話をしていたら、ご縁のある編集者から書籍の仕事を依頼されるように。
「ライフスタイルとか雑貨屋やカフェなどをテーマにした本を担当させてもらったり、雑誌でも1冊まるごとディレクションさせてもらったり。少しずつ求めている方向性の仕事が増えてきました。そのうち、やってみたかった料理本のお仕事を初めていただいたんです。料理本の事は右も左もわからなかったんですが、ベテランの料理スタイリストさんに助けてもらいながら何とか1冊作ることができました」
そうして少しずつ書籍の仕事が増えてきた頃、担当したのが、『アーユルヴェーダ治療院のデトックスレシピ』。
「この本は企画の段階でお話をいただき、現地での撮影があったり、見せ方をゼロから考えた本でした。素晴らしいスタッフさんとご一緒できたおかげで、レシピだけでなくひとつの世界観をつくることができて、とても満足のいく仕上がりになりました。チームでものを作るおもしろさを改めて感じましたし、この仕事がきっかけで、その後、料理本の仕事が一気に増えていったんです」
それから10年ほど経った今は、手がけている仕事のほとんどが料理の書籍だとか。多い時で5〜6冊の本を同時進行していて、1年でデザインする本は20冊にもなるとのこと。
「自分がデザインした本は必ず、掲載されているレシピをいくつか実際に作ってみるようにしています。実際に使ってみると、分かることがたくさんある。台所に立った姿勢だとこの配置は見づらいなあとか、もっと文字を大きくすればよかったとか、この写真の近くにキャプションがあればもっとわかりやすかったかもとか。文字量もライターさんに減らしてもらったけど、ここはもう少し詳しくポイントを知りたかったなあとかね(笑)」
デザインの美しさだけでなく、読者の立場になって見ることができるデザイナーとして、人気があるのは当然のことかもしれません。
そんな経験を重ねるうちに、料理の腕も上がっていきました。
「もともとは料理好きというわけではなく、料理の本を見るのが好きでした。レシピよりも、その先に見える料理家の方の素敵な暮らしに憧れていたような。でも仕事で関わるようになったら、撮影のときに試食するものがおいしいから作りたくなるんです。また、先生が分量の微妙な配合を真剣に悩んでいる姿を見て、レシピってすごく考えられているものなのだと敬意が生まれて、きちんと作ろうと思うようになりました」
それまでは、料理本はさらりと見て参考にする程度だったという福間さん。
「材料の組み合わせとなんとなくの量を見て適当に作って、なんかあんまりおいしくないなって(笑)。でも先生方のこだわりを間近に見ていたら、それがなんて失礼なことかと反省しました。それからはきちんと計量して、レシピに忠実に作ってみたら、本当においしくできたんです。自分が料理上手になったのかと錯覚するくらい」
そのうちに慣れてアレンジもできるようになり、気付いたら、料理自体が好きになっていたのでした。
料理だけでなく、お菓子のレシピをまとめた本も担当することが多く、最近は若山曜子さんのバスクチーズケーキをよく作っています。
福間さんは肉を好まないため、野菜中心の食生活。参考にする料理本も野菜をテーマにしたものが多いそう。
「夫は肉が大好きだし、料理も得意なので、夫婦でそれぞれ料理することもよくあります。メインは別々に作るけど、添える汁ものは同じでいい。そのスープやお味噌汁を作るのに、やきつべのだしをよく使っています」
台所がすっきりと整然としているのは、福間さんの整理術のなせる技。調味料や食材のパッケージで雑然としないよう、統一した保存瓶に詰め替えているのです。
やきつべのだしもシンプルなガラス瓶に入れ替えて、やきつべのだしはきちんとラベルを切り抜いて、見分けがつくように工夫。
「実は、私のお味噌汁ライフには何度かの挫折があるんです(笑)。一度は、自家製味噌が失敗してしまったとき。もったいないので無理やり消費していたら嫌いになってしまって。その後はだしをちゃんととるのが面倒になってきたとき。うちは和食よりもエスニックや中華が多いので、だしはほぼお味噌汁にしか使わない。少ししか必要ないのに、鰹節と昆布から丁寧にとるのはどうにも億劫で」
そこで簡易だしパックを利用してみたものの、味に納得がいかず。
「最初はおいしいと思ったけれど、旨みや塩分が強すぎてなにを作っても同じ味に感じてしまい、飽きるんです。だけどやいづ善八は、自分で丁寧にとっただしみたいな味がする。変な旨味も強い味もしないから、毎日でも飽きません。だしプレッソも便利だけど、開封すると早く使わなきゃって焦っちゃうから、私はだしパック派です」
味噌を手軽に量りながら溶くことができる道具を手に入れたおかげもあって、今は自分の作る味噌汁が大好きだと嬉しそうな笑顔。
「やきつべのだしは、少量パックなのもいいですよね。最初はどうせ2人分で2パック使うのに、とか思っていたんですが、ちょっと量を増やしたいときに3パック使ったり、自分だけのときに1パックにしたりと調整しやすくて便利なことに、使っているうちに気付きました」
最近は、味噌汁に加えて茶碗蒸しも定番メニューに。きっかけは、料理雑誌の付録で大庭英子さんの料理のコツをまとめた小冊子『料理はシンプルがいい。日々のおかずをごちそうに変えるのはちょっとしたことなんです』をデザインしたこと。
「茶碗蒸しって、子どもの頃は好きじゃなかったんです。卵も苦手だったし、甘くないプリンみたいな不思議な食べ物だと思ってた。だけど大庭先生の"具なしの茶碗蒸し"を撮影現場で食べてみたらすごくおいしくて」
茶碗蒸しといえば、上手にできれば料理上手と言われるような、少しハードルの高いメニューでもあります。
「スが入ったりと失敗してしまうのは、具から出る水分のせいだから、慣れるまでは具なしでもOK。作り慣れてきたら、銀杏やゆり根、長芋など具を1種類だけ入れれば、その存在も際立っておいしいですよと聞いて、なるほど!ってすごく納得しました」
以来、よく作るようになったのだそう。
「具なしで作って、最後に柚子胡椒をのせるのもおいしい。茶碗蒸しは卵っていうより、だしを味わうもの、スープを飲むような感覚なんだと思うんです。茶碗蒸しを作るときには、やきつべのだしの枯節を愛用しています」
取材・文/藤井志織
書籍を中心に手がけるブックデザイナー。やいづ善八のレシピブックのデザインも担当。料理やカルチャーもののテーマが多く、自身も料理や器が大好き。