• だしと私 2021.04.13

vol.31 「くるみの木」オーナー 石村由起子さん

だしは暮らしの基本のき

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いにしえの都・奈良で、暮らしまわりを彩る美しいものを販売するカフェギャラリー「くるみの木」を営んでいる石村由起子さん。こざっぱりとした美しく心地よい住まいで、旬の食材を生かしたシンプルな料理を楽しんでいるという暮らしぶりもまた、多くの人を魅了しています。

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おばあさまから受け継いだ料理や暮らしの工夫を大切にしている石村さん。日常的に作るのは、手のこんだものよりも、素材を生かしたシンプルな料理だそう。

「よく作るのは茄子を丸ごと煮たり、じゃがいもを使ったりした普通の煮物。インゲンやサヤエンドウはお客さまに出すとおいしいって言われるけれど、簡単なようで難しいの。煮るだけと聞くとすぐに真似できそうに思うけれど、火加減や加熱時間によってまったく味が変わるのよ」

主婦歴45年という長年の経験によって得た料理の腕は確かなもの。

「なんにでもコツはあるわね。さっと揚げたら、もたもたせず、すぐにあげるとか。やりすぎたら台無しだけど、失敗したらスープにしようという機転も主婦の知恵ですね」

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あくまでさりげなく、たおやかな石村さんの暮らしぶり。とはいえ、自身が営む「くるみの木」だけでなく、奈良町南観光案内所・食堂・ティールーム「鹿の舟」のプロデュースも手掛けているという多忙な日々。ほかにもホテルなどの空間づくりやイベントのプロデュースなど、仕事は多岐に渡ります。パワフルに働き続ける石村さんを支えているのは、野菜たっぷりの手料理です。

「月に1〜2回は、農家さんから野菜を取り寄せています。でも出張などで留守のときも多いから、タイミングが合わず、届いた野菜をすぐに食べられないときも。そんなときはすべて茹でて冷凍しておきます。それを昆布だしと一緒にミキサーにかけたら、おいしいスープになるしね」

野菜は新鮮なうちがおいしいもの。だから、買ってきたらその場で半調理してしまうのが習慣だとか。

「明日はなにしよう、明後日はなにしようって常に考えていて、ひとまず野菜を茹でたり漬けたり、昆布で締めたりしておくの。それにだしをかけて食べたり、だし漬けにしたりするとおいしいの。お客さまにも、だしに塩を足して茹でた野菜にかけただけのものを出します。『え、おいしい。これ本当におだしだけですか?』なんて言われるの(笑)」

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野菜のだし浸しは、「だしと私」の連載にもご登場いただいた、鎌倉で「なると屋+典座」を営むイチカワヨウスケさんに教えてもらったのだそう。

「素材をだしに朝漬けておくと、夕飯までに8時間くらいかけてじんわり染み込んでいくの。かぶなんて、ものすごくおいしいから試してみて」

雑貨でも服でも野菜でも、作った人の気持ちを大切に考えている石村さん。せっかくのいい材料を無駄にせず、大事にいただくために、料理するときは真剣です。

「私の料理はおおらかで適当ではあるけれど、塩梅がすごく大事なんです。火の通り具合など、今!っていうタイミングを絶対に逃したくないから、真剣に鍋をのぞくし、きちんと味見をします」

そんな石村さんの料理の基本は、だし。

「だしはやっぱり基本の"き"ですね。だしさえあれば、なんとかなる。だしに葛でとろみをつけた、さらっとしたスープもよく作ります。味付けはお塩と生姜だけ。雑炊だって煮物だっておでんだって、だしがあればすぐにできる。だし茶漬けもいいわね」

そのため、時間があるときにたっぷりとっただしを、冷凍ストックしているそう。

「香川育ちだから、煮物はいりこだしを愛用。夏は水出しにして、そのまま飲んだりも。水出しならワタや頭をとらなくてもよいし、お水より栄養があるしね。ザルにあげたいりこは、フライパンで炒めておやつにしますよ」

鰹節や昆布のだしを使い始めたのは、20代の頃に四国から関西にやってきてから。

「鰹節や昆布のだしは、やさしい味がする。体の奥底に染み渡っていく良さがあるわね。私にとっての元気の素は、昆布と鰹と生姜、オリーブオイルかな。和風のだしを使った料理も、最後にオリーブオイルをさっとかけると、完全な和食からプラスアルファの魅力が出てくる。オリーブオイルの風味が合うのよね」

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来客も多い石村家にとって、だしを使ったシンプルな野菜料理は定番のひとつなのです。

「でも急なお客さまでだしがない!ってなると、パック式の簡易だしの出番ですね。家にストックしておくと、重宝する。特にだしプレッソは本当に便利。働いている主婦を支えてくれるし、疲れたときに薄めただしプレッソを飲むと効くと思う。私だって、時間がないとき、疲れているときには使います。簡易だしがなかったら辛いわね」

だしプレッソを初めて利用したとき、鰹そのものの味わいが素晴らしいと感じたとか。

「もう調味料なしでもいいんじゃないかって思うくらい、旨味の濃いだしで。『行ってきまーす』っていうときにも、『ただいま、疲れた〜』ていうときにも、まずはだしプレッソを薄めたものを飲むといいですよ。パワーがわいてくる」

だしがとにかく好きで、だしをとるのも、だしを買うのも好きなのだそう。

「だしに関して、最近、改めて興味をもっている人が多い気がする。流行って10年サイクルくらいでブームがあるけれど、おだしのブームが今きているんじゃないかしら。少し前まで面倒だとか言われていたけれど、今の若い人はまただしが好きになっているような気がします。暮らしとか食とか、大事なことをちゃんとわかっている人たちが増えているのかな」

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今年で「くるみの木」は37年めを迎えます。

「店を続けてきて思うことは、店にはその土地の記憶を伝えていくような役割があるんじゃないかなと。小さくても、続けることで伝わっていくと思っているんです。同じように、だしの役目もあると思う。だしがあり続けることで、暮らしや食を大切にすることを伝えていけるんじゃないかな」

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取材・文/藤井志織

cid_f_kne25m7k1.jpgプロフィール

香川県高松市生まれ。 大手企業で企画や店舗開発の仕事を経て、1983年、奈良市法蓮町にカフェ&雑貨店「くるみの木」をオープン。 2015年に奈良市井上町にオープンした、観光案内所・食堂・喫茶室からなる複合施設「鹿の舟」を運営。