YAIZU ZEMPACHI LETTER
スタイリストという肩書きにとどまらず、雑誌や書籍で発表されるエッセイや、サイトweeksdaysでディレクションしている魅力的なアイテムなども常に注目を集めている伊藤まさこさん。そのライフスタイルはといえば、潔いほどにシンプル。持ち物もインテリアもワードローブも、そして考え方や生き方に至るまで、すっきりとシンプルで風通しがよいのです。
そんな伊藤さんの最近の暮らしや、だしとの付き合い方についてお話しをうかがいました。
ご自宅にうかがって興味津々のスタッフたちに、「どうぞ、そこも見てくださいね」と伊藤さん。
「うちは棚の中も寝室も、基本的にどこを見せても大丈夫」
とにっこり。棚の中もすっきりと整っていて、広々としたリビングにはソファとミニテーブル、椅子、デイベッドのみ。
「朝、起きたらまずまずは床を水拭きして、なんにもないさっぱりとした状態にしてから原稿を書く。それが昔からの習慣なんです。だから掃除しやすいように家具は少なめ。食器や仕事道具はすべて壁に作りつけの棚に収納しています」
たくさんある食器は、和のものと洋のものとを分類して収納。色や質感、サイズはさまざまなはずなのに、すべてにちゃんと居場所があって、きちんと使いやすく収まっています。
「最近の変化はといえば、フランスのアンティークの白皿を手放して、ジノリのなんでもないプレーンなお皿に買い換えたことかな。器や洋服の好みが変化したら、不要になったものたちは友人や知人にさしあげています」
以前は6つある棚のすべてに食器が入っていましたが、食器を減らした分、仕事の道具を収めるスペースに。
「寝室にあった作りつけの本棚がしっくりこなかったので、取り外して改装。そのため、本を95%くらい減らしました。中には珍しいものもあったけれど、役立てていただける方にさしあげて。読みたくなったら文庫版を買えばいいかなって思って」
所有欲よりも、すっきりとした空間を優先。なんとも伊藤さんらしいお話です。
「来客もなくなったから、将来的にダイニングテーブルもいらないかもしれません。将来、家を建てることがあるなら、カウンターだけでいいかなと考えています。今後、人が遊びに来ることがあるとしても、今までみたいにたくさんの人じゃなくて、限られた人だけになるだろうから」
伊藤家は、キッチンもとても使いやすそう。冷蔵庫の中にはその日食べる分だけ。作業台の上には、調理道具も調味料もゼロ。とにかくごちゃごちゃしたくないという気持ちは、料理にも共通しているよう。
「冷蔵庫がごちゃごちゃするくらいなら、毎日、買い物に行く面倒を選ぶんです(笑)。鍋にしたって、味がいろいろ混ざるのが嫌だから寄せ鍋はしません。芹と鶏だんごとか、材料はほぼ1〜2種類」
『夕方5時から お酒とごはん』などで紹介されている伊藤さんのお料理は、たしかにとてもシンプル。けれど、雑味のない味を求めて下茹でをしたり、素材それぞれに合わせて火入れをしたり、手間を惜しまない様子も伝わってきます。
「おいしいものを食べるために手間をかけることには、苦を感じない性格。だからだしも長年、築地市場で買った鰹の削り節と昆布とでとってきました。朝からご飯を炊いてお味噌汁を作りますが、お味噌汁のためにだしをとっているときの香りがなんとも言えず幸せで」
娘もだしを使った料理が好きで、だしをとっていると、「いい匂い!」と言いながら寄ってきて、そのまま飲むのだとか。
「だしを変えると、今日は違うね、と気づくくらい。最近、お味噌汁の作り方をちょっと変えたら、それにもすぐに気づいていました。普通、だしをとって大根を入れて味噌をとくというところを、大根を別に茹でてから、だしと味噌と合わせてみたんです。ある料理屋さんで聞いた話を試したんですが、だしのあじと野菜の味が際立っておいしくて。同じ料理が調理法でこんなに変わるんだなと驚きました」
とはいえ、外食の機会も減った今日この頃、毎日の炊飯が面倒になることもあります。たまにはエスニック料理の出前をとったり、トンカツを買ってきたりというガス抜きはしているそうですが、ふとだしパックに興味がわいたのだそう。
「友人と話していて、だしパックを使ってないの?ってびっくりされて。以前、適当に買ったものを使ったときは、味にピンと来なかったんです。でも最近、やいづ善八を試してみたら、ちゃんとおいしかった。特にだしプレッソを使うと、青菜のお浸しもすっごく簡単にできる。とっただしを冷ます必要もないのが便利ですよね」
じゃがいもを細く細く千切りにし、何度も水にさらしてから、たっぷりのお湯でさっと茹で、その後、また水にさらす。水けをきってからだしプレッソ 鰹節に浸したじゃがいものお浸し。シャキシャキとした食感が楽しく、少しずつ盛ると酒のつまみにもってこい。
大好きでよく使うという長芋をスライスし、だしプレッソ 昆布に浸して、梅干しをのせる。梅干しの塩味でいただく上品な一品。
おいしいはんぺんをいただいたから、と鰹だしで煮て黒七味を振ったもの。
かぶとお揚げとブロッコリーをだしで煮たもの。
「ブロッコリーにだしがしみ込んで、ものすごくおいしいの」
こうして伊藤さんのお料理を見ていると、その印象は伊藤さんそのもの。見た目も、きっと味わいも、すっきりと美しく整っているのです。
「そんなに難しい料理はしないけれど、一つ一つに集中して作ります。例えばかぼちゃの煮物なら、柔らかいのは好きだけど煮崩れてるのは嫌。だから鍋から離れず、ずっと見張っていて今だ!というタイミングは逃さない」
手際よく、段取りよく。
「できたてを食べたいし、待たせたくもないから、食べる時間から逆算して段取りしています。そろそろだなというとき、娘に『できるよ〜』って声をかけると、彼女が料理を見て器を持ってきて、きれいに盛り付けをしてくれるんです」
毎日お弁当を作って育ててきた娘も、今や22歳。
「娘は料理はしないけれど、おいしいものと美しいものが好きで、お茶を丁寧に淹れるのが上手。高校を卒業したときにお弁当生活は卒業したと思っていたけれど、今は勤務先に毎日おむすびを持って行くんです。昨日は筍ごはんのおむすびで、すごく喜んでいました」
おいしいものが好き、という共通点もまた、伊藤家の母娘の絆。歳を重ねても、暮らす場所が変わっても、きっとずっと仲良くおいしいものを食べているに違いない。そんな食いしん坊母娘の幸せな光景が目に浮かびます。
取材・文/藤井志織
料理や雑貨、インテリアなど、暮らしまわりのスタイリストとして雑誌や書籍で活躍。「伊藤まさこの買いものバンザイ! 副読本」「美術館へ行こうーときどきおやつー」など、多数の著書も手がける著作家でもある。2021年4月発売の「ウー・ウェンの100gで作る北京小麦粉料理」ではスタイリングを担当。