YAIZU ZEMPACHI LETTER
茨城県笠間市で作陶している額賀章夫さん。プリーツワークと呼ばれるしのぎ模様のフラワーベースや錆粉引きの器を始め、美しく使いやすい作品は、日本のみならず世界中で大人気。手触りがよく、丈夫で見た目より軽く、なにより料理が映えるので、シェフや料理人から主婦まで、料理好きの人たちにファンが多いのです。
そんな器をつくる額賀さんは、普段、どんな料理を食べ、どんなふうに暮らしているのでしょうか。暮らしぶりを知りたくて、額賀さんが暮らす笠間の工房を訪ねました。
「最近は、肉より魚を好むようになってきて。ずっとこんな料理を食べていますよ」と出してくれたのは、妻の雅子さんが作った野菜たっぷりの滋味深い料理たち。がんもどきと菜花のおひたし、野菜スティックに味噌マヨネーズ、野菜スープなど、どれもずっと食べ続けたくなってしまうような、やさしく穏やかな味わいです。
「実は2年前、脳ドックをやってみたら、コレステロール値が高く、このままだと脳梗塞の可能性もあると。さらに糖尿病予備軍とも診断されてしまって。びっくりしてしまったんだけど、やっぱりからだは食事と運動が大事だろうということで、意識を変えたんです。毎食後に食べていたデザートも減らして、犬と一緒にたくさん歩くようにして」
そんな頃、香港から来た友人が作ってくれたのが、広東スープ。野菜や肉のだしを効かせたシンプルなスープです。
「最初にいただいたのは、りんごと長芋、豚肉を水で煮て、少しだけ塩で味付けしただけのスープでした。これがおいしくて。決まりはないというから、家にある野菜と肉をじっくりと煮るだけでいいんだなと解釈して、よく作るようになりました」
雅子さんは、乾燥のナツメやイチジク、アーモンドやピーナッツ、スライスした生姜や鶏肉などを組み合わせることが多いそう。
「やはり漢方が根付いた国だから、生姜やナツメを使うことが多いようです。今日作ったのは、大根、こんにゃく、鶏肉、乾燥キクラゲなどを水からじっくり40分ほど煮て、最後に青菜を加え、少なめの塩で調味しました。ピーナッツはうちの畑で採れた自家製ですよ」
ナッツをスープに入れるというのは、日本では珍しいかもしれません。食感がアクセントになり、コクも出てとてもおいしい。
「この広東スープと、鰹だしで炊いたごはんとの相性が、もう最高なんですよ。今日は筍をいただいたから、やきつべのだしの枯節と薄口醤油を使って、筍ごはんにしました」
額賀さん作の大鉢にたっぷりと盛られた筍ごはんの美しいこと!
「だしが効いていれば、薄味でも充分おいしいですからね。「やいづ善八」の「やきつべのだし」も、初めて使ったときに、香りがすごくいいなあと思いました。今までだしパックって使ったことがなかったけれど、これなら使いたくなるのもわかります」
食べものに気を遣うのは、10年後の自分への投資だと考えている額賀夫妻。「自営業はからだが資本ですから」とのこと。「やきつべのだし」は、塩分や調味料をまったく加えていないので、薄味を意識している人にももってこいです。
「丸元淑生氏の本に出てくるような健康的な食生活に憧れてはいたけれど、この年になってようやくそんな感じになってきましたね。うちでは豆腐とかがんもどきといった豆製品をよく食べるんですが、これも鰹だしとの相性が抜群ですよね」
この日は、がんもどきと畑で摘んできた菜花を炊き合わせてくださいました。
「少し旬をすぎてしまってかたいかもしれないけれど。このあたりではあぶら菜と言って、その辺にたくさん生えているんです」
陶芸をやりながら畑仕事までなんて大変では?と聞くと、軽やかに笑う額賀夫妻。
「適当ですよ、うちの畑では一家を食べさせることは無理ですね(笑)。こないだも、1年分のじゃがいもをイノシシに食べられてしまったの。でも大豆を育てて、近所のお友達と集まって味噌を作ったり、麦を育ててパンを焼いたりするのは楽しいです」
額賀家の愛犬、モモとクロ。奥に見えるのが、額賀家の畑。
テーブルでは、額賀さんの作品のほかに、ちらほらと別の作家さんの器も使われています。
「このお茶碗は、山田隆太郎さんという友人の作家のもの。最近は忙しくてなかなか行けていないけれど、いろいろな作家さんの個展にも、なるべく行きたいなと思っています。2人展をやったり、土器を勉強して作ってみたり、いいものをたくさん見たり。自分のなかに引き出しを多く持つためにもね」
額賀さんは現在、日本全国のほか、香港やニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルスでも定期的に個展を開いています。
「スタッフにもよく、陶芸家は芸人と一緒だって言ってるんです。一発芸じゃなくて、長く続けたいなら、引き出しを多く持つことが必要。どんなに自分がいいと思ってもウケなかったら仕方がない。かといって、無理をするのも続かない。自分の引き出しのなかから、お客さんが笑ってくれそうなものを出すのが仕事です」
奇をてらったところがまったくなく、家にある器としっくりなじむ額賀さんの器。和洋問わずに料理が盛りやすいため、すべてが定番であってほしいほどの魅力に満ちています。だけど、作り手としては、常に新しいものをという意欲もあるそう。
「フラワーベースなど飾るためのものは、創作意欲にまかせて作ることも多いけれど、器は使ってくれてこそ。でも定番も毎回、焼き上がりは変わるから面白いんです。土が違ったり、厚みや色が違ったり」
大根スライスとハムを「香る鰹だし醤油」とマヨネーズで和えたものを盛っているのは、額賀さんの代表作でもある錆粉引と呼ばれる手法で作られた器。
料理がおいしそうに見える額賀さんの器づくりには、きっと額賀さんの食生活を支える雅子さんの意見も反映されているに違いないと聞いてみました。
「若い頃はいろいろ言ったこともありましたよ。テーブルに置いてみたら背が高すぎて使いにくいとか、ほかの器と並べたときに違和感があるとか、これだといつの間にか食器棚の後ろのほうにいっちゃうなぁとかね(笑)。今はそんなに言わないです。アメリカとか香港とか、海外に持っていく作品は、もう私の感覚ではわからないし」
海外と日本での違いは、器で言えばまずサイズなのだとか。
「何度か現地に行っていると、感覚がわかってくるんです。例えばニューヨークは都会で住宅事情は日本とそんなに変わらない。そう思っていたけれど、知人の家に行ってみたら、八寸平鉢が小さく貧相に見えたんです。となるとロサンゼルスはもっと広い家が増えるから、エクストララージサイズが喜ばれる、となる。たぶんパーティー用だと思いますが、取り皿としても、アメリカでは30㎝径くらい必要ですから」
「文化の違いはあるけれど、必要とされるものの本質は大して変わらない」ということも感じているそう。
「海外での展覧会は、やっぱり呼んでくれたからには完売しないと次がないし、プレッシャーはすごいですよ。陶芸だけでなく、プロダクトでも同じですよね。みんなお客さんを意識しつつ、表現者としてもがき続けている。長く続けていくうちに、こうしたらいいかな、ってわかることも増えてくる」
世界中に名が知られるようになった今も、額賀さんの姿勢は常に真摯で謙虚。人知れず努力をしたうえで、状況を楽しんでいることが伝わってきました。
「ものづくりは、お客さん、ギャラリーの人、同業の人......と、いろいろな人と繋がっていくことが楽しい。地方や海外に呼ばれたときは、なるべく予定をたてずに行きます。現地で知り合った人に紹介してもらったりして、工房やスタジオ巡りをするのが楽しいから。わらしべ長者みたいに、知り合いの知り合い......というふうに広がっていくんですよ」
雅子さんお手製の抹茶ロールケーキ。こちらもサンフランシスコでふるまう予定だそう。
6月にはまた、ロサンゼルスでもAkio & Friends として木工作家の高山英樹さんと2人展をします。
「レセプションでなにか食事を作ってほしいと言われているから、塩麹や「やきつべのだし」を使った料理にするつもりなんです。」
取材・文/藤井志織
陶芸家。「N.ceramic studio」主宰。東京造形大学造形学部デザイン学科II類卒業。茨城県窯業指導所ろくろ科研修生、向山窯にて修業を経て、1993年、笠間市にて独立。笠間焼「伝統工芸士」でもある。展覧会やオープンアトリエの今後の予定は、インスタグラム @nceramicstudio をチェック。