YAIZU ZEMPACHI LETTER
だしの可能性をもっと見たい。だしのおいしさをもっと広く伝えたい。和食以外の楽しみ方も伝えたい。これは<やいづ善八>がスタートして以来、ずっと願ってきたこと。
2020年の秋、その念願が叶って、イタリア料理を得意とする出張料理人、岸本恵理子さんと一緒に料理教室を開催することになりました。会場となったのは、東京西荻窪にある松庵文庫というカフェ。築100年を越える風情のある古民家で、いったいどんな料理が披露されるのでしょうか。
お客さまには、まず素材そのものの味を知っていただきたくて、料理教室の最初にだしプレッソ2種と白だしを、ひと口ずつ試飲していただきました。調味料次第で料理の仕上がりはぐんと変わるもの。そのものの味を知っておくことは、とても大切なのです。
今回のメニューは、「秋色野菜と鯛の松皮造りのサラダ」「ごぼうの鰹だし煮のフリット 焼きなすと柿のソース」「牡蠣のロールレタス みぞれだし仕立て」「深み鰹白だしとゆずのスパゲットーニ」という4品。もともと岸本さんはイタリアの料理学校やリストランテなどで料理を学び、イタリアの郷土料理を得意とする料理人。しかしプライベートでは和食好きということもあり、出張料理のメニューには、ちょくちょくだしを使った和風のものも登場するとか。
「見た目はあまり和食っぽくないし、お客さまは食べてもだしと気付かないかもしれません。だけど実は、おなじみの鰹や昆布のだしを隠し味に使うことはよくあるんですよ」
それは例えば、だしを含ませたごぼうのフリット。
「この料理は、堀川ごぼうという極太のごぼうから思いつきました。堀川ごぼうは中央が空洞になっているので、そこに鶏肉などを詰めてスライスし、茹でてからフリットにしていたんです。それでふと、普通のごぼうもこうしたらおいしいのでは?と思ってやってみたんです」
ポイントは、手でつぶせるくらい柔らかくなるまで1時間ほどかけてだしで煮ること。落とし蓋ではなく、厚手の鍋で蓋をするのでもOKだそう。ごぼうがふっくらとだしを含んだら、卵液をからませ、小麦粉をはたいてカリッと揚げるのです。粉はできれば、デュラムセモリナ粉が理想的。
「出張料理のときは、小麦粉、卵液、パン粉で硬い衣をつけて出しています。だけど家庭ではけっこう面倒な作業じゃないですか。だったらイタリアでおなじみの卵液&粉だけでも十分おいしいんです」
卵液をまぶしたごぼうをザルに上げて、余計な卵液を落とし、ポリ袋に入れて粉を加え、少し振るだけ。ポリ袋を使うと、手も汚れず、粉も少量で済むというアイデアも教えていただきました。
カリッと仕上げるには、ごぼうも粉も直前までよく冷やしておくこと。油との温度差が大事なのだそう。
合わせたソースは、賽の目に切った柿をオリーブオイルで和えたものと、焼きなすを割いてだしなどでマリネしたもの。もし完熟している柿であればスプーンで身をほぐして、とろりとした状態をオリーブオイルと和えるのもおいしいとか。
ソースはごぼうを煮ている間に作ります。揚げるまでのところを前日にやっておけば、おもてなしのときはごぼうを揚げて盛り付けるだけ。ソースなしでパルミジャーノ・レッジァーノをかけるだけでもおいしいそう。なんとも滋味深いひと皿でした。
最初のひと皿もまた、うっとりするような秋色のサラダでした。深み鰹白だしをジュレに仕立てて、松皮造りにした鯛と、千切りにした野菜と合わせたもの。最後に振ったゆかりが、味を引き締めています。
「コンソメジュレならぬだしジュレです。白だしがなければ、だしプレッソの昆布でもOK。よりクリアでやさしい味わいになります。ゼラチンで固めるだけなので、時間はかかるけれど簡単ですよ。湯むきしたトマトにカニやツナを詰めて、上にジュレを飾るのも素敵です」
きらきらと輝くジュレが美しいサラダは、おもてなしにもぴったり。前の日に作っておくことができるのも、当日バタバタしがちなホストには嬉しい限りです。
鯛の松皮造りも難しそうな印象ですが、実際は皮目に熱湯をかけるだけ。
「熱湯をかけたままにしておくと身にも火が通ってしまうので、すぐに氷水にとって冷やします。でも氷水だとどうしても水っぽくなってしまって、必死で水けを拭く羽目に。それで思いついたんです。だしを氷水と合わせておき、そこに鯛を入れれば水けすらも旨みになるって」
ただし、そのためだけに昆布を水につけて冷やしておくなんて、なかなかの手間。そこでだしプレッソが便利なのだと岸本さん。
「ちょっと贅沢な使い方ですが、これがあるとないとでは大違いなんですよ」
野菜はひたすら千切りにしてから冷水に放ち、水をよく切ってからオリーブオイルをからめておくと、無駄な水分が出ることもなく、パリッと歯切れのいい食感に。ジュレの塩味だけだと少しぼんやりした味になりがちなので、最後に赤しそふりかけをパラパラっと振りかけます。
「赤しそふりかけの塩味がピッとポイントで効くほうが、味にメリハリがついておいしく感じられるんです」
料理作業としては簡単ですが、味の構築の仕方はさすがプロというところ。ほかに、大根や白菜、うどなどでもぜひ。
さてメイン料理は、みぞれだし仕立てにした牡蠣のロールレタス。ロールキャベツのように、さっと茹でたレタスで牡蠣を巻き、大根おろしを加えただしと一緒に煮る料理です。
「レタスの層に牡蠣の旨みとだしが含まれるんです。牡蠣にはガラムマサラをひと振りするのがポイント。カレー粉でもいいけれど、仕上げ用の加熱がいらないものを使ってくださいね」
岸本さんはレタスしゃぶしゃぶが好きで思いついた料理なのだそう。牡蠣が小さい場合は2つ包めばよし。さっと茹でてから水けをとったレタスできつめに巻いて、最後を爪楊枝で留めておきます。
「このスープには、だしプレッソの昆布を使います。通常は3〜4倍に希釈して使うものですが、今回は大根おろしがたっぷり入るので、その水分量を考えて2倍に希釈。温めたスープにレタスで巻いた牡蠣を入れて、あたためます。鍋やおでんの具材にするのもおすすめですよ」
牡蠣のほか、ホタテや鶏ひき肉&山芋、カニなどでもおいしいそう。煮る時間やレタスの量は、牡蠣のサイズによるので適宜調整を。
そして〆のパスタは、なんともシンプルな白だしパスタ。
「釜揚げうどん生醤油、って感じですよね(笑)。これは、イタリアのコラトゥーラという魚醤を使ったパスタから思いつきました。コラトゥーラを白だしに置き換えただけ。深み鰹白だしとオリーブオイルをボウルに入れておき、そこに茹で上がったパスタを入れて全体を混ぜると、茹で汁とオイルが乳化します。ゆずの果汁と、好みで鷹のつめを入れておいてもOK」
ポイントはにんにくの香りだけを入れるために、ボウルにつぶしたにんにくを擦り付けておくこと。
柚子はレモンなど、ほかの柑橘でももちろんOK。
「青いレモンを使うとなんともさわやかな味わいになります。私が好きなのは温州みかん! 甘い果汁が深みを出してくれるんです。皮は千切りにできないけれど、大きくちぎった皮をパスタを和えるときに入れるだけで、ほのかに香りが移ります。皮と果汁は違う成分なので、両方使うとおいしくなりますよ」
このシンプルなソースとよく絡んで相性がよいのは、スパゲットーニという太めのパスタ。白だしは希釈せずに使うため、パスタのゆで湯に塩は入れないで、とのこと。白だしに柚子の皮と山椒という和の食材をイタリアの料理に昇華させた岸本さんらしいひと品です。
4品のコース、すぐに取り入れられる簡単なものばかり。
ぜひレシピを参考して作ってみてください。
取材・文/藤井志織