• だしと私 2024.05.20

vol.52 料理家 平野由希子さん


簡易だしパックも簡単レシピも「適当な手抜きじゃないんです」

にゅうめん仕上り②IMG_7874.jpg


フランスの鋳物ホーロー鍋「ル・クルーゼ」を日本に広めた「ル・クルーゼ」シリーズのレシピブックの著者であり、ワインをはじめとするお酒とのペアリングレシピを多岐にわたって提案している料理家の平野由希子さん。「だしを欲するのは二日酔いのとき」とチャーミングに笑います。楽しいお酒の話のほか、日頃、よく作っているというだしメニューも教えていただきました。


煮込み料理IMG_8168.jpg


ワインに合う料理の著書も多く、以前はワインバーも営んでいたほど、ワインラバーの平野さん。ワインだけでなく、ディナーにお酒はなくてはならないものだと言います。
「毎回、たくさん飲むわけではないけれど、夕食のときはお酒がないと食事として成立しない気がするんです。お酒がないなら食事もなしでいい。お酒だけでもダメで、なにか一緒につまみたい。お酒を飲みながらだったら、ちょっと面倒な料理の作業も嫌じゃなくなるしね。ワインだけでなく、日本酒もレモンサワーも好き」
自家製のレモンサワーの素を見せていただきました。甲類の焼酎にレモンや季節の柑橘を刻んで漬けておくだけでOKだとか。1日以上漬けたら、飲む際に炭酸で割るだけ。
「日本は柑橘天国。文旦や日向夏、甘夏など、季節の柑橘をレモンに加えると、適度な甘さが足されておいしいんですよ。余計な甘さがなくて、さわやかな味になる」


レモンサワーの素7853.jpg


ほかに平野さんが柑橘を使ってよく作るものといえば、ポン酢。
「柚子やかぼす、酢橘、橙などで作ることが多いと思いますが、今日は国産のマーコットという小ぶりなオレンジを使いました。不知火やデコポン、グレープフルーツで作ってもおいしい。果汁と醤油を1:1で合わせて、煮切ったみりんを少しとだしを加えて、1日以上寝かせるだけでできます。やきつべのだしを使えば、コクが出るし、ものすごく手軽ですね」
写真は柑橘果汁と醤油を120mlずつにみりん30mlを加え、だしパック1個をいれて3日ほどおいたもの。鍋はもちろん、豆腐にかけたり。
「私はオリーブオイルと合わせて、カルパッチョやサラダにするのが好き。オリーブオイルとだしは相性がいいし、酸味がまろやかになるのもいいんです」

ポン酢IMG_7856.jpg


いつもは丁寧に昆布と鰹でだしをとっている平野さんですが、やきつべのだしは「塩味が強くないから使いやすい」と気に入っていただけた様子。
「鰹節の濃い味が欲しいときに便利ですよね。私はいつも二日酔いの朝に、だしが欲しくなるんです。ちょっと脱水症状気味だし、塩味のある水分を必要としているんだと思う。それでよく、煮麺を作ります。多いときは週に3〜4回作ることも。酒席の〆にもいいんですよ。若いときはラーメンだったこともありますが、今は煮麺くらいがちょうどいい(笑)」
使うのは、深み鰹白だし、素麺、大根だけ、好みで梅干しやみょうが、海苔を加えても。
「麺をたくさん食べたいわけじゃなくて、だしが飲みたいわけだから、素麺は20gくらいでいいんです。体を温めたり、小腹を満たしたいときのシンプルなメニューです。体調を整えたいときによく作ります」

にゅめんセット7850.jpg


素麺は半束=約20gを大根と一緒に小鍋でゆで、味付けをして薬味をのせるだけ。洗いものが少ないのもうれしいかぎり。
「素麺のゆで汁の塩味やとろみも利用するから、梅干し1つと白だしをちょろっと入れて味を調えるだけでOK。鍋一つでいいし、1〜2分ででき上がりますよ」
ポイントは、スライサーで千切りにした大根を、素麺と同量ほど入れること。
「大根おろしでもいいし、えのきだけやわかめ、海苔でもいい。そのときの体調や好みによってもっとだしの風味を濃くしたいときは、だしパックを使います」

大根カットIMG_7861.jpg


とっても手軽だけど、手抜き料理ではないと平野さんは言います。
「一つの鍋でゆでる理由がちゃんとあるでしょう。私は若い頃、正統派のフレンチを学んできたけれど、それを家庭で作りましょうと伝えたいわけではありません。家庭の料理は簡単がいい。だけど、その簡単さにはいろいろな幅があっていいと思うんです。ただの手抜きではなく、いかに簡単に作れるか。それを考えるのが料理家の仕事なんです」
主宰する料理教室では、一つの料理についての説明が1時間近くになることも。長年通っている生徒の方々も、毎度「へー!」を連発するとか。
「今はレシピ本を出すときも、とにかく簡潔であることを求められます。だけど私は、ただ簡単なだけじゃなくて、ちゃんと理由があって納得できる方法で、レシピを研ぎ澄ませていきたいんです。長年やっていると考え方も固まってしまいがちですが、レシピは日々アップデートするようにしています。日々、勉強して、この材料は本当に必要かと再考したり、工程を変えても必要な加熱時間は確保する方法を考えたり、素材に対して最適な調理法はなにかを考えたり。もっとおいしくなる方法を探し続けているんです」
とても簡潔に見えるレシピも、そこに至るまでには、とても深い考察があるのです。平野さんは「それがプロフェッショナルということ」とさらりと笑顔で話します。

白だし添加IMG_7866.jpg


「どんなときも料理を漫然と作っているつもりはなくて。季節や生産者によって、同じ食材でも状態や個性は変わるし、同じレシピでもちょっとしたことでこんな違いが出るんだなって気づくことも。素材を見て、食べて、観察して、料理して。情報の蓄積もありますが、常に学ぶことはたくさんあります」
新刊『ma cuisine』では、そんないつものレシピには書ききれなかった素材の扱い方や火の通し方、料理についての考え方などについて、しっかり書かれているそう。平野さんの集大成ともいえる本、要チェックです。

にゅうめん仕上り①IMG_7872.jpg

取材・文/藤井志織

プロフィール

平野さまお写真IMG_8169.jpg
料理家・フード&ワインプロデューサー。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。2015年フランス農事功労章シュヴァリエを叙勲。書籍、雑誌、広告の料理レシピ制作を始め、商品開発、ワインプロデュース、飲食店プロデュースを手掛ける。フレンチやおつまみレシピなど著書多数。 

Instagram @8yukiko76hirano

https://www.yukikohirano.com/